日本の「油」はここから始まった!京都・離宮八幡宮のミステリーと歴史を紐解く

京都府大山崎町に鎮座する「離宮八幡宮(りきゅうはちまんぐう)」。一見すると静かな佇まいの神社ですが、実は日本の経済史を揺るがすほどの巨大な権力を持っていた場所であることをご存知でしょうか。今回は、この神社に隠された驚きのエピソードやミステリーをご紹介します。

基本情報

  • 所在地: 京都府乙訓郡大山崎町大山崎西谷21
  • 御祭神: 八幡大神(応神天皇)、酒解大神(さかとけのおおかみ)など
  • 創建: 貞観元年(859年)

1. 日本の「油」の歴史はここから始まった!

離宮八幡宮は「本邦製油発祥の地」として知られています。平安時代、この神社の神官が神託を受け、テコの原理を応用した搾油器「長木(ながき)」を発明しました。これにより、それまで困難だった「荏胡麻(えごま)」からの効率的な油の抽出が可能になったのです。

ここからが驚きの裏話。中世、この神社を本所とする「大山崎油座(あぶらざ)」は、朝廷や幕府から「油の専売特許」を与えられていました。当時の油商人は、離宮八幡宮の許状がなければ油を扱うことができず、全国の油の流通を独占する、現代でいう「石油メジャー」のような強大な経済力を持っていたのです。

2. 「石清水八幡宮」の元社というミステリー

実は、有名な「石清水八幡宮(男山)」のルーツはここにあるという説があります。

社伝によると、僧・行教が九州の宇佐八幡宮から神霊を勧請して帰る途中、山崎の地で霊光を見つけ、そこを掘ると清らかな水が湧き出したため、社を建てて「石清水八幡宮」と名付けたのが始まりとされています。

その後、対岸の男山に遷座したのが現在の石清水八幡宮であり、離宮八幡宮は「元社」としての誇りを今に伝えています。境内には今も、その名の由来となった「石清水」の井戸が残っています。

3. 「油断大敵」のお守りとユニークな看板

離宮八幡宮を訪れたら絶対にチェックしたいのが、ユニークな授与品です。

「油断」という言葉は、もともと「油がなくなること」を意味しますが、油の神様であるこの神社では「油断大敵」と書かれたお守りが授与されています。これは「油(の加護)が断たれることは最大の敵である」という、製油発祥の地ならではのウィットに富んだお守りです。

また、境内には全国の油脂業者が奉納した、黄色と黒の「油」マークの看板が並んでおり、他の神社では見られない独特の光景が広がっています。

4. 天下分け目の戦いと「消えた境内」

離宮八幡宮は、羽柴秀吉と明智光秀が戦った「山崎の戦い(天王山の戦い)」の激戦地に位置しています。この地を制する者が天下を制すると言われた要衝であり、神社も歴史の荒波に揉まれてきました。

さらに驚くべきは、現在の境内の姿です。かつては広大な敷地を誇っていましたが、明治時代に国鉄(現在のJR)の線路を通す際、なんと境内の中央を線路が貫通することになりました。そのため、現在の社殿はかつての敷地の一部に縮小されています。参拝の際、すぐそばを電車が走り抜ける光景は、近代化の歴史を物語るミステリーの一つと言えるでしょう。

5. 伝説の「日使頭祭(ひのとさい)」

毎年4月に行われる「日使頭祭」は、かつて北の葵祭と並び称されるほどの壮麗な祭りでした。50艘以上の船を仕立てて淀川を渡り、対岸の石清水八幡宮へ向かう行列は圧巻だったといいます。現在は形を変えて受け継がれていますが、当時の大山崎がいかに経済的に豊かであったかを象徴するエピソードです。

歴史好き、経済好き、そして「油」に関わるお仕事をされている方には、ぜひ一度訪れてほしい聖地です。天王山のハイキングと合わせて、日本のエネルギーの源流を感じてみてはいかがでしょうか。

関連リンク・参考文献

[1] 山崎の戦い – Wikipedia
[2] 離宮八幡宮 京都通百科事典
[3] 油に関するQ&A|植物のチカラ 日清オイリオ
[4] 離宮八幡宮 | 山崎観光案内所
[5] https://www.abura.gr.jp/history2016/edo-akari_col01.pdf
[6] 植物油information
[7] 8月23日は油の日!油の歴史を語るのに欠かせないえごま油について | 山桂産業株式会社
[8] 油祖 離宮八幡宮 | 京都乙訓いとをかし
[9] 植物油information
[10] 弁護士の “やましろ”探訪 守護不入之所
[11] https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/common/001781185.pdf

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